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【インタビュー記事】「水とすむまち」島根県吉賀町で見つけた、等身大の移住就農スタイル

島根県の最南端、一級河川・高津川の源流域に位置する吉賀町(よしかちょう)。車を降りると、都会では決して味わえない「澄み切った空気」と、川のせせらぎが五感を包み込みます。この地を潤す水は、「水質が最も良質な河川」に度々選ばれるほどの美しさ。
「ここの人間は、飲めるほど綺麗な水で米を作っているんだ。」
現地で聞いたその言葉に、この町の人々が土と水に寄せる並々ならぬ誇りが滲みます。
吉賀町には、1980年代から先人たちが耕し続けてきた豊かな土壌と、多様な生き方を受け入れる懐の深さがあります。

【良質な水資源】
高津川の清冽な水。美しい反面、その「水利」の維持には地域の強い結束が必要とされる。

【確立された販路】
JAや道の駅直売所、地元スーパーだけでなく、有機農産物を扱うアンテナショップや都市部のデパート、消費者グループへ繋ぐ独自の流通ルートがある。さらに西日本最大級のワサビ加工工場も立地。

【歴史ある有機の知見】
40年以上にわたって培われた有機農業のノウハウ。

【移住就農者の歴史と背景】
農業研修生を受け入れる地元の農家が“地域に残ってもらいたい、一緒に地域を守っていきたい”という思いで、移住者が暮らしやすいように親身になって面倒を見てくれる環境が就農希望者を力強く支えている。

【多様な就農スタイル】
地元の方はもちろん、移住就農者も専業農家から兼業農家までそのスタイル・規模は様々です。今回潜入取材で20〜50代の移住就農者に「自分サイズ」の農業をのぞかせてもらいました。

まず最初に出会ったのは、若き力で林業と農業の新しい形を模索するご夫婦でした。

1. 株式会社 雄心興業(三家本さん夫妻):林業と農業のハイブリッド経営、20代経営者

プロフィール

就農年:2025年(認定新規就農)
出身:吉賀町(Uターン)
経営構成:林業×農業の複合経営
品目:水稲、キャベツ、ミニトマト、小松菜

3代続くお米農家に生まれ、県外での建設業を経て2016年にUターンし、親元で研修を開始。その後林業の会社を立ち上げ、2025年より農業部門を設立し「林業×農業」の複合経営で家業を継承。

雄基さん
雄基さん
元々は広島で解体業をしていました。でも「いつかは地元の吉賀に戻って、じいちゃんの跡を継ぐんだろうな」という思いがずっとあって。20代のうちに踏ん切りをつけました。
私も吉賀出身ではありましたが、まさか農家の嫁になるとは(笑)。でも、ここは子育てが本当にしやすい。医療費や給食費の支援も手厚くて、4人の子供を育てるには最高の環境ですね。
明日香さん
明日香さん
雄基さん
雄基さん
経営の柱は、林業と水稲(11ha)の「複合経営」です。よく「なんで両方やるの?」って聞かれますが、僕にとってはこれが一番合理的。林業は雨が降ると山に入れず、仕事が止まってしまう。でもハウス農業があれば、雨の日でも従業員に仕事を作れる。逆に冬は林業に集中できる。このサイクルがあれば、従業員に安定した給料を払い続けることができるんです。
写真:広大な田んぼを背に、雄基さんと明日香さん
博昭さん
博昭さん(祖父)
雄基が戻って会社にしたのは、大したもんだ。わしはもう、裏で水回り(水利)を見るだけ。でもな、この辺は水が命だ。上の人間が水を取りすぎてもいけん。毎日泥にまみれて水門を見回る、その「地味な継続」が11haの米を守るんだ。
雄基さん
雄基さん
じいちゃんが水の見守りをしてくれるから、僕は外で攻めの経営ができる。安定して水を確保でき、安心して農業ができ、さらに林業をバランスよく展開できることが、1年通して安定した経営につながると思っています。
写真:高齢化が進む地域の「育苗」や「作業受託」も広く請け負う。この日は稲刈りの作業を受託し、スピーディーに作業をこなす。「若い人ができることをやるのは当たり前」とさらっとした発言が凛々しい。

2. 河野雅俊さん・梨恵さん:有機JAS50品目、都市部から移住して見えた「川と生きる」覚悟

プロフィール

就農年:雅俊さん2011年(2023年より認定農業者)、梨恵さん2019年
出身:広島・神奈川(ともにIターン)
品目:少量多品目の有機野菜、自家消費用水稲

以前は都会で全く異なる職業についていたが、年齢を重ねるなかで「食」や「有機農業」への強い興味からそれぞれ吉賀町にて移住就農。地域の有機農家の元での研修を経て、現在では有機JASを取得しおよそ50品目の有機野菜と、自家用米を生産。福岡の「グリーンコープ」や広島のアンテナショップを中心とした安定的な販路をもち、専業経営を確立。雅俊さんは有機農産物の集出荷をとりおこなう「食と農・かきのきむら企業組合」の理事でも活躍。

覚悟を持って移住したベテランの言葉には重みがありました。

写真:多品目の鮮やかな野菜が整然と並ぶ、河野さんの美しい畑覚悟を持って移住したベテランの言葉には重みがありました。
雅俊さん
雅俊さん
15年前、広島から移住しました。どうせやるなら「儲かる農業を」と考え、付加価値の高い有機を選んだんです。
私は東京のアパレル業からの転身です。都会では30代、40代で体調を崩す人が多くて。「食べること=作ること」に直結する暮らしがしたいと強く思っていました。でも、移住して一番の衝撃は「自然との境界線」の近さでした。
梨恵さん
梨恵さん

都会の常識 vs 吉賀の日常

都会で当たり前だと思っていたことが、ここでは当たり前じゃないこともたくさんあります。都会では下水道があるのが当たり前だけど、吉賀では整備されていない地区もあります。洗剤一つから慎重に選ぶようにしていると、移住してきたときに聞いたのが印象的でした。
あと、何気なく鍵をかけていたら、「なんで鍵閉めてるの?」と驚かれました。気づいたらご近所からの野菜が玄関にあることも。ご近所さんはみんな顔見知りになってくるので、鍵をかけなくても問題ない。むしろ、自分の行動は筒抜け(笑)。でも、困った時は誰かが必ず助けてくれる。驚きもありますが、今はこの生活が心地よいです。
梨恵さん
梨恵さん
雅俊さん
雅俊さん
現在は有機JASを取得し、50品目以上の野菜を1.6haで育てています。消防団や農業委員も務め、地域にどっぷり浸かってきました。
移住を考えている人には、あえて厳しく言います。「まずは冬を体験しなさい」と。ここの雪と寒さを知り、不便さも飲み込んだ上で「それでもこれがやりたい」という明確な覚悟があれば、まわりは全力で応えてくれます。
梨恵さん
梨恵さん

3. 及川英二さん・淑子さん:50代からの再出発、1200円のスイカに宿る「お金の価値」

プロフィール

就農年:2027年予定(2026年より半農半X実践者)
出身:神奈川県(ともにIターン)
経営構成:兼業農家を目指して研修中
品目:有機野菜、有機米

50代を迎え「自給自足的な暮らし」を求めていた中、知人との繋がりから吉賀町を知り、住み慣れた横浜から移住。現在は県の体験・研修制度の2年目にあり、修了後に独立して就農する準備をしています。

写真:研修の受け入れ農家から借りた農地で作業をする及川夫妻。
英二さん
英二さん
吉賀町に来るまでは、長いこと内装業をしていたこともあり1200円すぐに稼げてしまうこともありました。でも、ここで手間暇をかけて育てた1200円のスイカが道の駅で売れていた時の喜びと感謝で、初めて震えるほどの価値を感じました。50代を過ぎてからの移住。余裕がないと自然を楽しむ心もなくなります。だからこそ、ある程度の「貯え」はやっぱり必要。
夫婦2人での生活なので、いつか農業ができなくなる日が来る。だからこそ、今ここで汗を流して、次の世代へバトンを繋ぐ「過程」の一部になりたいんです。
淑子さん
淑子さん

50代からの移住就農、及川さんからの現実的なアドバイス

資金的な余裕を持つ:初期先行投資はどうしても必要。生活もある。ある程度の貯えは必須。

体力を設備で補う:50代は無理が効かない。機械や資材など、先行投資を惜しまず体を守ること。

「まずは動く」精神:失敗か成功かなんて関係ない。人生一度切り、立ち止まるのが一番もったいない。

4. 杉ノ内孝太さん|20代の情熱を「スポーツ」と「地域貢献」で繋ぐ若きリーダー

香川からの「孫ターン」で就農した杉ノ内さん。かつての村長(そんちょう)だった祖父の意思を継ぎ、20代にして3.5haの田んぼと地域の役職を一手に担う、吉賀町の次世代リーダーです。

プロフィール

就農年:2019年(認定新規就農を経て2026年より認定農業者)
出身:吉賀町(孫ターン)
品目:水稲、有機野菜

20代にして農地利用最適化推進委員や地域の役職を担い公私にわたり活躍中。島根県立農林大学校では有機農業を専攻し、卒業後の2015年に吉賀町へ移住。現在は減農薬の水稲と白菜や大根など約10品目の野菜を栽培。請負も含めおよそ7ha以上を耕作。

インタビュアー
インタビュアー
――農大で有機を学びつつも、現在は「減農薬」を選択されています。
できるだけ無農薬で野菜を作りたかったから農大では有機農業を学びました。しかし、現在は、受託作業も含めると計7ha以上の農地を耕作しています、正直もうキャパオーバーに近い(笑)!でも、地域の先輩たちから「任せたい」と頼られたら断れない性格なんです。草むしりだけで一日を終わるようでは食べていけない、この農地を荒らさないためにも慣行(減農薬)農業を選択しました。それが自分の経営判断でした。

出身県は農業の盛んな土地で大規模農家が多く、新規参入での農地確保のハードルが高かったので、当初から母方の里のある吉賀町で農業経営をしようと考えてました。
杉ノ内さん
杉ノ内さん
インタビュアー
インタビュアー
――とても計画的に農業経営をされている印象だが。
いや、計画的になんてそんな(笑)。「認定農業者」へのステップアップや補助金の活用も、先達の知恵を素直に借りただけです。夕方まで農作業をしたら、夜はフットサルやバトミントン、テニスをしに行きます。農業以外での人のつながりもたくさんできました。
杉ノ内さん
杉ノ内さん
写真:畑の横を流れる高津川支流。幼いころから、夏休みに祖父母宅に遊びに来た際この川で遊んでいたが、今は貴重な源泉としても活用している。

5. 吉賀町で生きる、本当のこと

取材の最後に、4組の農家が語った「吉賀のリアル」をまとめました。

水へのこだわり:「飲める水で米を作る」という最高の環境。だが、近年の異常気象を凌ぐ重要な水。上の田んぼが水を使いすぎれば下は困る。その協働意識が農家には求められる。

車の免許は必須:吉賀町には電車がありません。バスも数時間に一本。田舎暮らしに免許は絶対必要。そして、農産物を出荷するまでが農業。免許がないと仕事にならない。

都会の価値観を脱ぎ捨てる:農業でお金を稼ぎ、生計を立てることは非常に重要。一方で、「農作物が育つ喜び」「消費者に届く喜び」「おいしいと言ってもらう喜び」など、お金では得られない喜びや感動を得ることができる。

農業は見ると聞くとやるとでは大違い:「興味がある」くらいでは、生業とすることは難しく、それなりの覚悟が必要。でも、本気でやれば、ヒントをくれる先輩たちに囲まれている。

6. エピローグ:高津川の奇跡、そのバトンを受け取るのは

境遇も農業に対しての考えも異なる4組にお話しを伺いましたが、この土地で培われてきた新規就農者もともに地域を守っていこうと受け入れてくれる環境や、さらに水・土地の資源の豊かさが一見険しそうな就農への道の後ろ盾となっていることが伝わりました!

吉賀町には、誰かが押し付けた「100点の正解」はありません。

もし、あなたが今の働き方に違和感を持ち、「自分の手で生きていく実感」を求めているなら、一度高津川せせらぎを感じに来てください。冷たい水の向こう側に、あなたの新しい人生が透けて見えるかもしれません。

写真:吉賀町では毎月有機農業塾という勉強会を開催。取材をした河野夫妻や及川夫妻も参加し、みんなで実際に作業をしながら学べる場であり、生産者の交流の場にもなっている。

百聞は一見にしかず、気になったら来町支援制度を活用して、ぜひ実際に足を運んでみてください。
※冬季は年に2回程度積雪がある地域のため、来町のタイミングや行程は要相談です。

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